2023.7.22 「15th Anniversary – People In The Boxの大団円 〜 『Camera Obscura』release tour〜」@ヒューリックホール東京 ライブレポート

text by :金子厚武

photo by:川崎龍弥

 

7月22日、People In The Boxが「15th Anniversary – People In The Boxの大団円 〜 『Camera Obscura』release tour〜」のファイナルとなる東京公演をヒューリックホール東京で開催した。約3年半ぶりのニューアルバム『Camera Obscura』をリリースし、全国10都市を回った今回のツアーは、5月21日にヒューリックホール東京からスタートし、最後に追加公演として再び同会場に戻ってくることによって、周年ツアーらしくひとつの円環を描いたような印象を受ける。

お馴染みのSEとともにメンバーがステージに登場すると、『Camera Obscura』の収録曲である“螺旋をほどく話”からライブがスタート。ピアノを基調とした音源に対し、ライブではギターを軸とした異なるアレンジを施しつつ、薄暗い照明とともにディープな音空間を作り上げる序盤から、サビでメロディーが一気に跳躍する瞬間のカタルシスはオリジナルと何ら変わりがない。“スマート製品”もショートディレイと歪みを組み合わせたようなド頭のボーカルのインパクトや、ハードコアかつタイトな演奏はそのままに、音源では後半に出てくるナレーションをばっさりカットして、あくまでライブアレンジで表現している。

『Camera Obscura』はギター、ベース、ドラム以外にも様々な楽器/非楽器が用いられ、井上うにのミックスも手伝って録音芸術として突き詰められたものになっていたが、ステージ上ではそれを3人の音だけで表現することがピープル流。彼らがデビューした15年前とは違い、現在ではどんなジャンルのミュージシャンでもライブで同期を使うことが普通になった中、このアプローチからはロックバンドとしての矜持が確かに感じられる。キャリアを重ねる中で徐々にピアノの割合が増えていったことを受けて、波多野裕文がキーボードを弾く期間も長かったが、コロナ禍以降は再びギターのみを演奏するようになり、現在はよりプリミティブな3ピースとしての快楽へと回帰しているとも言えるだろう。

アニメ『東京喰種』のテーマ曲として海外人気も高い“聖者たち”にしろ、2008年リリースの『Bird Hotel』の1曲目を飾る人気曲であり、今回ツアーでひさびさに演奏されてファンを喜ばせた“完璧な庭”にしろ、音数の限られた3ピースという編成だからこそ、複雑な展開やリズムを伴いながらもギリギリ破綻しないバランスでポップに成り立たせることができている。「この3人で初めてライブをした千葉LOOKでやったことと、今やってることはほぼほぼ変わってないんです」という波多野の言葉には彼らなりの必然性があり、「映画のようなアルバムになったと思う」と表現した『Camera Obscura』についての「今日はそれを3人のバージョンで、この空間に立ち上げていくので楽しんでいってください」という言葉には、音源とライブを別軸で考えて、再現性よりも一回性を重視する彼らのスタンスがよく表れていた。

とはいえ3ピースという最小編成での表現を更新し続けるのは容易なことでないように思うが、この日改めて感じたのはベースの特異な立ち位置と、「楽器」としてのボーカルの重要性だ。もちろん、普通の3ピースバンドではお目にかかれないテクニカルなフレーズを弾きながら歌う波多野がバンドの表層であり、ACID ANDROIDでも精力的な活動を続け、演奏も音色も磨き上げられている山口大吾がバンドの屋台骨であることは間違いない。しかし、音源ではアコギが用いられている“自家製ベーコンの作り方”や“町A”をはじめ、ミニマルな反復フレーズを軸としたプレイで躍動感のあるグルーヴを生み出す福井健太の存在感は明らかに増している。そして、パートによって深いディレイをかけたボーカルが「楽器」として空間作りに貢献していることも見逃せない点で、サイケデリックな間奏からブレイクを挟んで大サビへと至る“戦争がはじまる”の高揚感は特に素晴らしかった。5弦ベースによる低音とディレイのかかったボーカルの組み合わせはまるでダブバンドのようでもあり、この空間掌握力こそがライブバンドとしてのピープルの個性であると強く感じた。

コードやスケールの話になって、ハーモニックマイナーパーフェクト5thビロウスケールに触れつつ、「ちなみに、音楽理論とかを『マジでどうでもいい』みたいに最後ぶん投げるのが私たち」と笑いながら話したMCも非常にピープルらしかったが、『Camera Obscura』の1曲目を飾る“DPPLGNGR”はまさにそんな一曲だと言えるかもしれない。イントロではリヴァーブやトレモロやフィルターをかけ合わせたような強烈な音色のギターがかき鳴らされ、音源ではシンセベースのパートもエレキベースで表現し、そこから一気にメタリックなリフへとなだれ込むプログレな展開がいかにもピープルで、サビ裏でもベースがループフレーズを弾き続けているのがなんとも変態的。こちらもライブでは定番曲の“旧市街”にしても、サビ前で急激にスピードアップするキメについてはとても理論では語れない。何度聴いてもスリリングな、快楽重視の力技でもあるが、やり続けることによってこの3人だけのグルーヴがそこに生まれている。そんなことを実感させられる曲だと言えよう。

メンバー3人にスポットライトを当てたシンプルな照明とミニマルなアレンジが好相性だった“石化する経済”からは少しテンションを落ち着かせつつ、現在のピープルの大きな武器となっているコーラスが印象的な曲が続く。音源ではピアノが基調の“カセットテープ”もギターで表現しつつ、3人が声を合わせて歌うことで生まれる牧歌的な雰囲気が実に魅力的だ。さらに、曲タイトルからして『Camera Obscura』の中でも最もエキセントリックな印象の“中央競人場”から始まったライブ終盤では、ベースとコーラスのユニゾンが楽曲のスケール感を強調する“水晶体に漂う世界”が、アルバム同様にライブでもハイライトを創出。そこからエイトビートのロックナンバー“ミネルヴァ”、ド派手なストロボが焚かれた“スルツェイ”を畳み掛ると、最後は『Bird Hotel』のラストナンバーである“ヨーロッパ”の轟音に包まれて、この日のライブが終了した。そこにいたのは「15周年」という言葉をいい意味で感じさせない、いつも通りに凛々しく、清々しいピープルの姿であった。

安易に時代に寄りかかることをせず、スタンドアローンであり続けることは決して簡単ではないが、その先でしか手に入らない本質的な共有があることを、People In The Boxは15年の歩みで証明してきた。終盤のMCで波多野は「15周年と言って自分たちで盛り上げようとしていると同時に、15年というのはただの数字に過ぎない。大事なのは最新作がものすごく誇らしいアルバムになったことと、自分たちの活動自体を自分たちが誇らしく思っていること」と話し、「我々はこれからも粛々と……ひどい時代ですけどね。でもまあ、楽しくやりましょう」と困ったような笑顔を見せたのもとても印象的だった。「People In The Boxの大団円」というツアータイトルが発表されたときに、ファンの中には少なからず「え?」と思った人もいたかもしれないが、もちろんバンドの歴史は続いていく。これからの社会が、世界が、人々がどこに進んでいくのかはまだ誰にもわからない。それでも、本当の大団円はきっとこの先に。

[収録曲 / 全9 曲]

  • DPPLGNGR
  • 螺旋をほどく話
  • 戦争がはじまる
  • 石化する経済
  • スマート製品
  • 自家製ベーコンの作り方
  • 中央競人場
  • 水晶体に漂う世界
  • カセットテープ

CD 『Camera Obscura』

品番:BXWY-033 販売価格:3,000円+税 発売日:2023/05/09

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