People In The Box『Camera Obscura』オフィシャルロングインタビュー by 柳樂光隆

僕は波多野裕文と友達なので、たまに会って飲みにいく。だから、『Kodomo Rengou』、『Tabula Rasa』、そして新作『Camera Obscura』の間、リスナーとして彼らの音楽を聴いて、友達として波多野くんの話を聞いていたことになる。とはいえ、People In The Boxの話はあまりしていなくて、僕らは気になっている音楽の話やたわいもない話をしたりしていた。

パンデミックを経てリリースされた『Camera Obscura』を聴いて、このアルバムには(世界中のどんなアーティストもそうだとは思うが)3人がこの3年間に直面したことや、そこで考えたことなどが明らかに反映されていると僕は感じた。そこには波多野くんが話していた音楽の話もたわいもない話も入っているとも思った。聴けば聴くほどPeople In The Boxの新作は波多野くんのこの3年間の「生活」と深く繋がっているんだろうなとぼんやり考えていた。そして、それは山口大吾、福井健太も同様なのだろうなと。

今回、話の流れでインタビューをすることになって、そこで『Camera Obscura』について考えていたら、「バンドという営み」みたいなテーマが浮かんだ。People In The Boxの音楽を聴いていると、彼らは「バンド」だからこそのなにかが大きく作用している3人だと感じられた。これは『Kodomo Rengou』の時にも思ったことだが、この3人は決してテンションは高くなくて、穏やかなのだが、妙に熱いものがある。3人の間には強い「信頼」があって、それはなんというか、大人の信頼みたいなものだと感じる。言葉は決して多くないのだが、メンバーへの深い信頼があり、その信頼があった上でクリエイティブに直結する厳しいコミュニケーションが行われているのだろうと。おそらくその信頼やコミュニケーションがパンデミックの間、もしくはパンデミックを経て、どうなっていたのかが『Camera Obscura』の素晴らしさに繋がっているのではないかと僕は思った。そして、アルバムには3人が過ごしたこの3年間(の生活)が大きく関わってくるのではないかとも考えた。このインタビューは濃厚に音楽の話だが、音楽ではない話もたくさん入っている。それこそが『Camera Obscura』なんだろうなと僕は思う。僕がPeople In The Boxと波多野くんに話を聞くのであれば、そこを聞くべきなのだろうと思ったのだ。

※ちなみに今回は柳樂光隆のサポートとして、柳樂主催の美学校 音楽ライター講座の受講者のれみどりに手伝ってもらった。People In The Boxマニア向けの質問はれみどりにお願いしている。

取材・執筆・編集:柳樂光隆、れみどり

『Camera Obscura』の制作について(前編)

制作における「制限」や「自由度」

ーー 新作『Camera Obscura』なんですが、僕は前作『Tabula Rasa』から変わった印象があるんです。変わったもしくは変えた実感や自覚はありますか?

波多野 毎回、以前の作品と同じようにはならないようにしようというか、似たような曲は作りたくないと思っているので。その延長線上って感じでしょうか。

山口 仕上がったもの自体が変化したというより、前回の『Tabula Rasa』(2019)とは作っている時の自由度が違っていました。もともと僕らは制作の自由度が高いほうではあると思いますが、作っていくうちに勝手に制限をかけていくところもあって……制限の枠が前回よりも広かった。

ーー 「制限」って、例えばどういうものですか?

山口 なにかひとつできたら「次こういうのが欲しいよね」みたいなものです。今回もそれがなかったわけではないんですが、即座に浮かんだ方向性に引っ張られすぎず、別方向の選択肢を考えることもできていましたね。

波多野 前作との比較でいくと……前作は僕にビジョンがはっきりあったので、2人にはそこに沿ってもらっていた感じがしていて。それはけっこう具体的な制限だったかもしれません。

ーー それはどういったビジョンですか?

波多野 アンサンブルでビートを出すというのが前作のコンセプトでした。ドラムのビートやムードに他の楽器が乗っかっていくのではなく、作曲そのものがビートの雰囲気になっているものがやりたいなと。1個1個の楽器を聴いているとばらばらでビートっぽくないんだけれど、組み合わさったものを聴くとビートになるようなものをやろうとしたんです。でも、今回は、まったくビジョンを設定はありませんでした。

ーー 前回は構造の面でやりたいことがはっきりあったと。でも今回だってテーマやコンセプトが全然無かったわけではないですよね?

山口 最初から「アルバムを作ろう」をきっかけにして作ってないんです。まずここのライブで曲を出していこうか……で発信していって、4曲程度できたときに「アルバム作ろっか」って話になってくる。アルバムの話が出た頃にはある程度基盤ができていたんです。「アルバムを作ろう」からアルバムを作り始めるとなると、1-2曲できた段階で「次はこうだね」って話をしていくわけですが、今回のような作り方だとアルバムが半分くらいできている段階なのにまだそういった話をしていない状態になる。制作の序盤で方向性を定めない作り方が自由度の高さをもたらしたのかもしれません。

ーー 収録曲の半分くらいはライブで披露していたとなると、歌詞も含めてそれなりに出来上がった状態ですよね。

波多野 そうですね。でも”螺旋をほどく話”と”水晶体に漂う世界”は、歌詞もメロディもかなり変えました。

福井 “戦争がはじまる”もライブのときから変わったかも、展開とか、Cメロとか。

ーー じゃ、もともと作っていた曲があって、それがアルバムになるころには変わっていったと。

波多野 僕はもう、めちゃくちゃアルバム脳の人間で(笑)。アルバムの構成を考えるにあたって、それぞれの曲がその配置において最も機能する理想的な形になっていて欲しいみたいな願望があります。なので曲順が決まった時に、自分のイメージする全体での流れに合わせて歌詞やらアレンジやらを修正していくことが多いです。例えば、抑制されていたところをもうちょっと押し出そうとしたり、逆に抑えたり。自分のイメージする流れで変えていくことが多いですね。

ーー となると今回の制作はアルバム脳っぽくない作りに?

波多野 途中まではそうですね。途中からはパチン!とスイッチが入って、曲順と残りどういった曲が必要かといったアルバム全体の話を始めました。

コロナ禍がPeople In The Boxに及ぼした影響

ーー パンデミック後の最初のアルバムじゃないですか。パンデミック期にはそこまでライブ活動をしていなかったし、3人もなかなか集まれなかっただろうと思われます。そもそも波多野くんは東京に住んでいないですし。そういった状況は作品に影響していますか?

福井 ちょっと具体的な話になっちゃうんですけど……演奏のクオリティをとにかく上げたいなと思って、ずーっと地味な基礎練をやっていました。コロナ禍を経てからの作品はプレイの内容もサウンド面でも良いものにしたいと思い、準備していました。

ーー 波多野くんは東京にはいなかった。閉じ込められていたわけじゃないけど、東京との行き来しはしにくくなりましたよね。

波多野 メンバーと離れて住んでいたこと自体は、すでに『Tabla Rasa』の頃はそうだったので音楽の作り方にはさほど影響していないと思います。ただ、もちろん音楽に限らずですが、僕自身のいろんな認識はコロナ禍で変わったとは思っていて……今まで考えていたことをよりシビアに考えないといけなくなったってことのような気がしています。あと僕も正直な話、家で練習してましたね(笑)。まとまった時間が取れたのをいいことに、歌とギターを集中的に練習しました。練習をしたことで逆に削ぎ落とされたというか、演奏者・音楽家としての解像度が高まっていったかもしれない。

山口 コロナ禍に、みんな生活習慣が変わったと思うんですよね。生活習慣が変わってしまうと、生活における音楽とは何なのかを見直すタイミングもあっただろうし。こういう生き方でもいいのかな?っていうのは、たくさんの人が考えたと思います。だから、出てくるものも音楽観も、考えてなさそうで変わっている可能性もある。僕自身は変わりましたね。

ーー どんなところが変わったんですか?

山口 コロナ禍の最初の1-2年って、決まっていたライブとか予定とかが、遂行しようとしてたけれどダメになっての繰り返しがありましたよね。あれが僕、けっこう精神的にキてたんですよ。僕の場合、ライブのセットリストを1週間・2週間かけて作るんです。たたき台を時間かけて作って、演奏のイメージも作って、最終的には「けっこういい感じだよね、どう?」ってところまで作ってからみんなで確認するんですけど、それが何度も「はいダメ」みたいな状況になってきたのが……。それで1回、2ヶ月くらいドラムを叩かなくなりました。スティックも持ってない時期があったりして。その時は家の庭にフェンス建てたり(笑)。

一同 (笑)。

山口 そんな今までしてこなかったことをやっていた時期があったから、違うところに気持ちを向けられたんですよね。2ヶ月くらいスティックも持たない、人とも会わない……このままドラム叩きたいって思わなくなったら終わりかなと思って。でも、それじゃいかんだろ!って気持ちにもなっていないんですよ。ドラムを叩く生活へ自然に移行するのでないと続けらんないと思っていたから、そうなるのを待っていた感じです。その期間があったから、僕は音楽に対する気持ちが前とは違ってきた。2人とは違う向き合い方でやってきた感じです。

ーー それぞれに向き合い方は変わってきたと。

波多野 思い出してみれば、僕もコロナ禍の最初の頃は全然やる気ナシでしたね(笑)。

ーー 「じゃあ全部リモートで作りましょう」ではなく、ライブに向けて新曲を制作し、スタジオで録音する形でアルバムが作れる時期まではとにかく待ったと。

波多野 ある時期からの僕らは作品に関して、自分達で「作りたい」って思わないと作ってないかもしれませんね。契約に縛られるような活動はしていないし、作りたくもないのに作って純度の低いものを出すよりは、自分達の中で作りたい欲求が高まるのを待ちます。自然な時期を待ったかもね。

もともと僕は『Tabula Rasa』で「もう次作はだいぶ先でいいな……」みたいに燃え尽きてたんで(笑)。とはいえバンドで新曲を作るのは楽しいことだったのがこれまでの普通だったんで、マンスリーでライブをやった時期(2021年10-12月)に「1曲ずつ作ろっか」って話し合って目標を立てました。そこから次第に回復してきた感じはあったかもね。

ーー ライブをやり始めたら、スイッチが入って、モチベーションが戻ったと。

山口 身体を動かす活動ができたのは良かったなと。ひとりでするランニングではなくて、バンドという団体スポーツですよね。チームで何かをやるって動きができたことが大事でした。あと僕は音楽以外のことをしていた2ヶ月間が終わったら、パッとクリエイティブモードに切り替わった。ドラムを叩く前に曲を作っていたほどで……。リズムパターンだけのものからある程度仕上げたものまで含めると今回もまあまあ作りましたし、レコーディングが終わったあとにも2曲くらい作っていました。止まらなかったです。

ーー じゃあ今はモチベーションが高い時期なんですね。

山口 今は高いですね。何もしてない2ヶ月間があったのも良かったんだと思います。焦りも無くて、これでドラム叩きたい気持ちにならなかったら終わりだなってのもわかっていたから。でも自然に意欲が出てきたから「これは好きでやってんだな」って改めて思えた。「そういう気持ちにさせた」ではなく「そういう境地に勝手に行った」というのが良かった。

『Camera Obscura』の作編曲プロセス

ーー 山口さんには休んでいた2ヶ月があって、曲を書き始めた。そこで出てきたものにはそれ以前に書いていた曲とはどんな違いがあったと思いますか?

山口 多分、僕の曲は波多野くんの作る曲よりも感覚的に作り過ぎているぶん、むちゃくちゃなところもあって。必要以上に詰め込みすぎてしまうみたいなんですよね。僕の作る曲には歌が乗っていないから、歌が欠けている部分をフレーズや音で埋めてしまう。そんな自分の特徴をなんとなくは理解し始めてきた気がします。

ーー 引き算というか。

山口 そう、引き算がわかってきたのかもしれないです。それでもまだ多いっぽいですけど(笑)。

ーー 『Camera Obscura』からどれか1曲の制作プロセスで、山口さんの曲がどう変わっていったか話してもらえますか?

山口 “水晶体に漂う世界”が一番びっくりしたな。最初に僕のほうで作っていた時、コーラスのメロディは楽器で弾くイメージだったんですよ。波多野くんに投げてコーラスのメロディになって戻ってきた時、僕はびっくりして。「あれ、ずっと聴いてるよ」って電話をしたほど気に入って。

波多野 あれはめっちゃ嬉しかったですね。来た曲を打ち返したら絶賛で。

山口 いや、あれホームランだったよ!マジですげえって思ったもん。

波多野 超気持ち良かった(笑)。「やったー!」って。メンバーに褒められるためにやってるのかもしれないと思ったくらい嬉しかったです(笑)。あれって事前に作曲のイメージを聞いてから作業したっけ?

山口 聞いた聞いた。波多野くんは「何を大事にしたいか」を聞いてくれるんですよ。「聴いた感じのニュアンスで変えるね」はしないんですよ。デモ音源から制作をするようになった最初の頃は後者のような選択もあって、それでうまくいかなかったことが多々あったんです。今作では僕が投げたものに対して「どこを大事にしたいか」「どこをどういうふうに活かしたい」を聞いてくれたり、波多野くんのほうから「ここをこうしようと思うんだけど、どう?」とか、そういった掛け合いが増えました。

波多野 僕も曲を作る時には同じように感覚的であるので、山口くんからの音源を聞いた時にも僕の中に違和感なくスッと入る部分があって。でもスッと入りすぎると勘違いしてしまうこともあって……山口くんが「サビっぽい」と思って出してきたものが僕にとってはそうじゃなかったり。彼の優先順位を言葉として聞くと、また聴こえ方も変わってきて……。なんというか、物語をブラッシュアップしていくのに近いと思います。

ーー 最初に作って送るデモ音源には「ここの部分はこういうことで……」といった説明とかは添えずに、とりあえず相手に聴いてもらうってことですか?

山口 そのパターンもありますけど、説明できる範囲で僕がイメージしているものは伝えます。それを踏まえて波多野くんはどう思ったかを話す。さっき波多野くんが例に挙げていた、思っていた部分と違ったことも実際にありました。サビを想定していたのにイントロで返ってくるとか……。

ーー 「サビがイントロ」って相当ですね。

一同 (笑)。

波多野 やりとりとしては抽象的というか。客観的に僕らのやりとりを見たら、かなり説明は無いほうだと思われそうですね。でも会話が足りていないんじゃなくて、そのほうがやりやすい。さっき山口くんが「制限」の話をしたけれど、お互いに制限をかけてしまうような具体的なことは敢えて言わない気がします。相手に一度解釈させてみてどうなるかをお互いに許している。

ーー 説明し過ぎないと。

波多野 そうですね。「こう感じたんだけど、一度こういうふうにやってみてもいい?」って聞くこともあるし。

山口 前々作まで僕はドラムパターンから曲を作っていたんですけど、『Tabula Rasa』の時はそれを払拭したいと思って、波多野くんの音楽の作り方……どちらかというとコード進行や歌メロから入ってるのかな?後からリズムなのかな?となんとなく想像して、そのフィールドで戦ってみようと思ったんですよ。だからリズムパターンは後で考えるやり方でやってみてたんですが、それだと進まないんですよ。僕の武器がうまく使えなくて。だから今回はドラムパターンから作りました。僕の場合は今のところドラムパターンから作るほうが向いている気がしますね。”螺旋をほどく話”はドラムパターンから作って、ギターのアルペジオも入れて波多野くんに送ったら(波多野くんの)解釈が(僕の意図とは)違っていたんですよね。作ったフレーズに対して各々で感じたことが違っていたけど、うまく転がっていきました。

波多野 そうやって作る前からも、People In The Boxは曲を代表する部分がリズムのパターンであったり、ビートがシグニチャーになることが多かったんです。”螺旋をほどく話”のデモも最初に聴いて、ハットとライドのリズムが等価の特徴的なビートを聴いて「ああ、この曲はいけるな」みたいな確信は初めからありました。

ーー 「サビを想定していたらイントロに」というのは順番が入れ替わるみたいな、意味が変わることでもあるわけじゃないですか。でももともとは何かしらのストーリーを描いていたわけでしょう?

山口 もちろんそれはあったんですけど、そこに拘ってると面白いものはできないなって、もうわかっているんです。波多野くんのフィルターを通して、一緒にパズルを組み立てたほうがいい感覚があります。それに「何を大事にしたいか」を聞いてくれている分、僕のなかにあったストーリーが死ぬことはないんですよ。僕の想定していた意味をゴリ押しで伝えたところで面白くならないなら、意味なんて変わっちゃってもいいんですよ。

波多野 僕は僕で、山口くんの考えたキャラクターを活かす方法を考えているから、大きな印象では変わらないはずなんですよね。ストーリーは一緒だけれど結末の印象が変わるとか、そんな感じの変身なので。

ーー 素材を後からDAWで編集するのではなく、作編曲の段階でバンド全員で編集的な作り方をしているとも言えるかもしれないなと思いました。

波多野 僕らは制作時にモデルみたいなものを置くことは全然ないんですよね。「この曲はどのジャンルの何年代のどれどれっぽくいこう」とか、そういうのじゃない解像度で面白いのが生まれたらなと思ってます。これまでもそういうことをやってきたという自負もあります。もちろん高解像度で見れば各々が影響を受けたものは出ていると思うんですけど、それらが意図的ではなく、なんとなく混ざることによって、おのずと面白いものになっていくといいなと。たとえばミクスチャー的なものとか、サンプリングの手法なんかはこれのもっと荒いやり方にあたると思うんですよね。大きな要素を一部抜き取って意図を持ってガチッと組み合わせていく。それに対して僕らはもっと自然な、人の身体の連動に近い密な組み合わせなんじゃないかと思ってます。

後編に続く

[収録曲 / 全9 曲]

  • DPPLGNGR
  • 螺旋をほどく話
  • 戦争がはじまる
  • 石化する経済
  • スマート製品
  • 自家製ベーコンの作り方
  • 中央競人場
  • 水晶体に漂う世界
  • カセットテープ

CD 『Camera Obscura』

品番:BXWY-033 販売価格:3,000円+税 発売日:2023/05/09

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